

1月は「初大師」 や「初観音」、「初不動」など、新年初めの仏様のご縁日に、1年の無事を祈り手を合わせます。
12月はというと、1年の終いに「終い大師」や「納め不動」などと言い1年の無事を感謝し手を合わせます。
何事も始めれば終わりがやってきて、終わればまた始まりがやってきます。
お大師様の言葉に 『始めあり終わりあるは、これ世の常の理(ことわり)生意必減はすなわち人の定れる則(おきて)なり』 とあります。
この世は諸行無常であり、流れは誰にもとめることができず始まればいつかは終わり、また始まりが訪れまた終わってゆく。このように繰り返されます。
生きとし生けるもの全ても、限りある命には、いつか終わりがやってくるのが世の常ですが、また新たな命が育まれ、紡がれていきます。
しかし、1000年生きる命だとしたら… 恐らく毎日が無に等しく、幸せも無ければ不幸も感じれず、果たして生きているといえるのでしょうか。
桜の花も毎日綺麗に咲いていると、果たして綺麗と思うことができるのでしょうか。
この様に、全ては限りがあるからこそ、与えられた時間の中で精一杯生きることができるのです。
少し話しは逸れてしまいましたが、 本日は「納め不動」今年1年無事に毎月護摩を修させて頂けたことに深く感謝し、 今年も残すところあと数日ですので 年末大掃除に佛器磨きと次の始まり良いスタートがきれる様、精一杯備えて行きたいと思います︎^_^
それでは皆様もよいお歳をお迎えくださいませ 合掌
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